私はこれまで、他者の作品を自作に引用・参照し、作品と対話することで音楽を紡いできた。私にとって引用とは、過去の音楽と真に出会うための方法であり、音楽史の中に自らの声を位置づける営みでもある。
本作のテーマは、私のもっとも尊敬する作曲家、ブラームスだ。
ブラームスが生前、人を寄せ付けない性格だったことは、今となっては広く知られている。友情も恋愛も不器用で弟子には厳しく、同時代の芸術家たちとの関係も一筋縄ではいかなかった。私はその姿をどうしても彼が足繁く通ったウィーンのレストランの名前「赤いはりねずみ」と重ねてしまう。そこで私は本作で、ブラームス自身を象徴する赤いはりねずみというキーワードから着想を受け、自由に彼の音楽によるポプリを構築した。
ところで、私はブラームスほど相互的な作曲家をほかに知らない。彼の音楽はコミュニケーションで満ちている。演奏家同士に細かな会話や応答を用意しているばかりか、ときに作曲家からの警句やユーモアが聞こえてくる。それは一見、彼自身の人格とは相反したことのようであるが、もしかすると、作曲家は自身の渇き、飢えをしのぐための理想郷を心の裡で聴く音楽に投影するのかもしれない。
しかし、もし仮に、自らの声が、鎮められた憧れからしか生まれないとするならば、私たちはどう生きればいいのだろう?